ZEN‚ KOMAZAWA‚ 1592

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COLUMN 源流

駒澤大学に坐禅の授業を始めた澤木興道という人( 6 )

 ある日、早朝3時から坐っていると、つい居眠りをしてしまった澤木(さわき)老師(以下、澤木)は、5時半頃、坐禅に来た信者の物音に目を覚まし、慌てて姿勢を正します。そんな自分の姿に「そんなことで澤木、どうするのだ。お前は人に見せるために坐っていたのか」と自らを叱り、反省します。「どこまでも自分の修行で・・・

2019.09.19

COLUMN 体と心

禅とマインドフルネスとの比較(6)

6.まとめ ①実践と目的  マインドフルネスは、何かしらの効果を得るための手段・テクニックです。段階的にテクニックを習得していくことで、目的を達成します。  曹洞禅は、人間は「本来仏である」という前提があります。そして、自己のはからいによって「本来の仏」が覆い隠され、働かな・・・

2019.04.11

COLUMN 体と心

禅とマインドフルネスとの比較(5)

5. 自己 -脱中心化と自他一如-  マインドフルネスには、重要な要素として、脱中心化があります。これは、「思考から距離を置くスキル」(杉浦,2008)(※1)や、「思考や感情を、自分自身や現実を直接反映したものとして体験したり、解釈するのではなく、それらを心の中で生じた一時的な出・・・

2019.04.04

COLUMN 源流

駒澤大学に坐禅の授業を始めた澤木興道という人(5)

大正元年(1912)、33歳の時、澤木(さわき)老師(以下、澤木)は三重県松坂市養泉寺僧堂の単頭(※1)に就任します。参学の師を求めていた澤木は、西有穆山(にしありぼくさん)禅師の高弟(※2)丘宗潭(※3)老師に就き、法会があれば、宗潭に随身(※4)しました。その後、養泉寺を離れ、空き寺に入り、3年・・・

2019.03.29

COLUMN 体と心

禅とマインドフルネスとの比較(4)

4. 瞑想によるこころのあり方 -マインドフルネスと非思量-    マインドフルネス瞑想のこころのあり方は、「マインドフルネス(今この瞬間に注意を払う)」と、「アクセプタンス(生じた体験を回避せず受容する)」が重要なものとなります。つまり、注意制御をして今この瞬間の体験に意図的に・能動・・・

2019.03.22

SPECIAL

ZEN, KOMAZAWA, HUMOR

仏教の素敵な言葉と出会うために、2015年駒澤大学に入学したコメディアンの萩本欽一さんと、長谷部学長が「禅・駒澤・ユーモア」というテーマを軸に対談をしました。 学長の「みんなを(いい意味で)裏切りましょう」という言葉のもと、駒澤に通った4年間を「最高に楽しい大学生活」と、萩本さんは振り返ります。そ・・・

2019.03.20

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なぜ禅は人を惹きつけるのか。

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仏教・禅に関わるリンク先

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