SPECIAL 2020.08.07

ZEN,KOMAZAWA,MANAGEMENT

第5回はゲストに小西美術工藝社社長のデービッド・アトキンソンさんを迎え、禅文化歴史博物館の飯塚館長、経営学部の青木先生の3人で『禅とマネジメント』をテーマに鼎談を行いました。
禅においても経営においても、私たちが考えるべき"本質"とはなんなのか。アトキンソンさん視点で伝統文化のあるべき姿についても語っていただきました。
※この鼎談は2020年3月に収録されたものです。

日本経済を学んだ大学時代

青木:どうも、こんにちは。

アトキンソン:こんにちは。

青木:禅ブランディングの事業として、今回は禅×マネジメントということで、いま現在、日本の経営に対してとても幅広い知見をご紹介いただいてるデービッド・アトキンソンさんにお越しいただきました。

青木:アトキンソンさんは小西美術工藝社という、日本のお寺や神社を修復・維持する技術者を雇う会社を経営されています。

青木:また駒澤大学は1592年から始まった大学として、仏教または禅というものを中核に置いて研究してきた機関です。その代表として、今回はこの禅文化歴史博物館館長の飯塚大展先生にお越しいただいています。よろしくお願いします。

飯塚:よろしくお願いいたします。アトキンソンさん、おいでいただきましてありがとうございます。

アトキンソン:ありがとうございます。

飯塚:禅文化歴史博物館においでいただいて、この対談も恐らく最後になるというこの機会を得ることができたことを、大変うれしく思っております。

アトキンソン:光栄です。ありがとうございます。

飯塚:よろしくお願いいたします。

青木:まず、アトキンソンさん。実は学生時代、オックスフォード大学で学ばれています。イギリスでお育ちになって、何と日本学を専攻されたというふうに伺っています。若かりし頃日本に興味を持った背景をお伺いしたいのですが、いかがでしょうか。

アトキンソン:日本に興味を持ったというのは文化などではなくて、当時はイギリス経済が非常に状況が悪くて、国内での就職の機会が少なくなっている、という背景があったんです。当時としては日本経済が世界一伸びている経済で、それを勉強する人が誰もいないという状態でしたので、就職活動には最高に有利かなと思って勉強を始めました。

青木:ではそれ以前はそもそも禅とか日本文化とか、またお茶とか、興味があったわけではなかったってことですね?

アトキンソン:全然ないです。

青木:なかったんですね(笑)。ではそれで実際に日本を勉強されてみて、どんな感想を持ちましたか。

アトキンソン:自分としては何ていうんですかね、就職するための手段としてやってるもんですから、興味うんぬんっていうところではないですね。

青木:なかったんですか。

アトキンソン:はい。

青木:日本語をこれだけ学ばれたのも、大学からはじめてってことでしょうか?

アトキンソン:そうですね。

人と交流ができる日本文化を探して

青木:また、とても茶道にお詳しいということで。

飯塚:私、大徳寺派のお坊さんで「一休宗純」というお坊さんを研究しておりまして。南北朝期から14世紀、15世紀の終わり頃まで生きた方なので、ちょうど茶の湯に向かっていく時代で。大徳寺ですので様々な茶の文化が盛んになっていく。たまたま当館は良寛を収集するということが一つの方針にありまして、『目の眼』という雑誌の中でアトキンソンさんが連載されているのを、全てではないのですが拝見して。非常に造詣が深く、また自らも茶の湯を実践されておられる。是非、その点を教えていただければなと思いました。

アトキンソン:お茶をやりだしてから20年ぐらい経ちますけども。当時としては、日本に住んでいて経済界で長年金融の分析をやっていたのですが、この国に居ながら近代の金融市場しか見ていないということは、もう少し幅広い社会体験ができるにも関わらず、あまりにも狭過ぎました。せっかく日本に住んでいるので、伝統文化を勉強しようかと。そこで感じたのは、人間との交流ができる日本の伝統文化は意外に少ないんですよね。書であれば1人でやる、先生との関係があるとはいえ。お花も大体そうですよね。お花との対話になりますので。人間との交流ができる日本の伝統文化というのは意外に少ない中で、まあこれ(茶道)にしようかな、というふうに思いました。

青木:ビジネスのスピード感と茶道のスピード感では、かなり異質なものだったと思うんですけれども、どういうふうな深みとか興味、またはこういうものはイギリスにはあるのか、ないのかなど、どのような印象を持たれましたか?

アトキンソン:自分としてはあんまりそういう考え方はしていないんです。元々その国の色々な魅力があって、色々な選択肢がある。それでその中に日本でしかできないことがあって、それはやったほうが自分の人生豊かじゃないかと。そういう意味では、お茶に憧れて入ったっというのは事実ではないです。

青木:なるほど。

伝統文化に生まれてしまった距離感

青木:一方で、その延長線で今度は小西美術工藝社という、まさに日本の伝統文化を継承していく事業に今度は転換されたわけですけれども、そこら辺はどういったきっかけだったのか。また、やってみてどういうことを感じていらっしゃいますか?

アトキンソン:私、軽井沢に別荘があるんですけれど、隣が先代の小西美術の社長の家なんです。それで金融を引退して、仕事に復帰するつもりはない、というところで隣に住んでる人に「家代々の会社を見てもらえませんか」と言われて。これまた一貫していると思いますが、別に伝統文化うんぬんだとか、守る守らないとかではなくて、友人に頼まれて今の会社を経営して、伝統文化を守ることになっていますけども、最初は守りたいからなったわけではないです。

青木:なるほど。飯塚先生も寺院を経営されていて、まさに日本文化・伝統をマネジメントしなきゃいけない立場にいて、どんな苦労をされてますか?

飯塚:今の話はとても興味深かったです。やはり人の関係性だと思うんですよ。興味とか必要性というのは勿論あると思うんですけれども、やはり人との影響の中で大きく変わっていくと思いまして。私どもは寺院も経営するとともに、人材の育成もしなくてはいけないので、我々が習った色々な事々を次の世代に伝えていく。

飯塚:例えば、私の拙い想像力からすると、大工の棟梁(とうりょう)の技術を次の世代にどう伝えていくのか。そのときはお茶の師匠さんと同様1対1の関係で学んでいく、というのがたぶん伝統的な芸能・技術の相承だと思いますし、禅宗もお師匠さんから習って、基本的には道元禅師の言葉でいう「面授」、直接法を伝えていただく。会社に対してもご縁があったと思いますけれども、それが立ち消えるということが一番問題だと思うので、寺院において難しい時代、家が続かない時代の中でそれを続けていくということについては、地方の小寺院の住職としてはかなり興味があります。難しいという意味でですね。

青木:アトキンソンさんは実際日本的な会社に携わってみて、どういったところを変えていくことによって、そういう意味での維持・経営が可能なのでしょうか?

アトキンソン:色々なところで「伝統的な会社です」とか「伝統技術を継承する」ということを言われますけれども、ある意味では今、”伝統技術”と言われているものは、江戸時代までは一般的なものだったんですよね。小西美術は漆塗りの日本最大手の会社なんですけれども、西洋からペンキが入るまでは「塗装」ということは、(一つは)漆を塗る、ということだったんですよね。今はなくなっているんでしょうけども、どの家にも漆塗りのものがあったという事実があります。お茶をやっていても思いますけれども、伝統技術は”非常に美化され過ぎている”ということを懸念をします。それによって何が起きてるかというと、”距離”が起きてきてるんです。

青木:距離?

アトキンソン:はい。今申し上げましたように、昔、漆というものは田んぼの周りに植えてあって、誰もが遊んで触ってかぶれた存在だったのに、今、漆の木はほとんど見ない。家の中に漆塗りがあるかというと、今の家を建てる業者は漆塗りを恐らく頼んでいないと思います。昔であれば床の間だとか、どこかに絶対漆塗りがあったんです。でも今はない。本来はどこにもあったものを美化することによって、距離感が出来上がってきて、「この人たちは素晴らしい技術を持ってる人だ」ということを言うんです。最近言われる言葉なんですけれども、「職人を殺すには刃物は要らない。発注しなければ、ただの人」ということがよく言われます。私、まさにそのとおりだと思います。茶の湯をやっていても、私は今さっきおっしゃられた茶の湯が茶道になったことは、大失敗だと思います。やはりお茶をやる人は教授であって先生であるということで、”茶の湯をやる人は別格の人”ということで距離が生まれて、そこにとても入りづらいというものになってしまいましたので。それによって他人がやることであって、自分がやるものではない、というこの距離ができることによって日本文化の衰退が始まったのではないかと思います。

青木:まさに寺院経営。私の祖父もお坊さんだったのですが、地域社会との関係性も途絶えてきて、まさに葬式仏教的な役割でしかなかなか会う機会がなくなったという、分断された社会となったが、いかがでしょうか?飯塚先生。

飯塚:うちは今は違うんですけれど、農家の畑作とかやっているところで、(地域の方が)お茶を飲みに来るのがお寺だったんですね。

飯塚:坊さんがいて、うちの場合は母親がいて、そこである意味くつろぎながら、お茶を飲みながらちょっと悩みの話をしたり、あるいは相談事があったりとかという話をする場でもありましたし。あまり神格化したり、距離感をつくることについては、非常に私どもも失敗しているなと思いまして。”人が来てくれる場所”、”あまり敷居が高くない”、というのは本当に寺の在り方としてはつい最近まであったんですけれども、田舎なので、それがやはりちょっと疎遠になりつつあるというのは事実ですし。我々も漆塗りは日常的に、かつてはちょっと漆が剝げたような木のお茶碗や、応量器というものも日常的に使っています。あるいはお位牌(いはい)も、漆塗りの位牌というのは当たり前なんですけれども、そういったものが高価になっていくのは発注しないからだなと思って。確かに高価なものとして、やはり逆に今度は使わなくなる。代替物を探す、ということになってしまうので、寺院だけではなくて、そういった一つひとつのことが積み重なっているのだなと思いました。

本質とはなんなのか

青木:今度は西洋の話を伺いたいのですが。日本で漆が疎遠になってしまったというのはやはり、ある意味では物的な豊かさが産業革命によってもたらされた、または、日本の場合は特に最初は安くてく良いものをという形で世界に輸出もしていった。それが、高度成長のきっかけになったと思います。イギリスで教育を受けて西洋の強みというか、ものの見方は今になってどういうふうに考えていらっしゃいますか?

アトキンソン:日本にいると、「これは東洋の考え方だ」「これは西洋の考え方だ」って言いますけれど、果たしてそうなのかな?と非常に疑問に思います。人間は人間である以上、形の違いはあれどやろうとしている事はほとんど皆んな一緒なので、そういう違いがあるかどうかというのは、よく分からないことの一つとしてあります。
逆に伺いたいんですけど、日本の皆さんに失礼な言い方かもしれませんが、”皆さんはどこまで西洋の本当の姿・真のところに触れてるのか”って。テレビをつける度に「いやそれは西洋の考え方」って…。しかし、テレビに紹介されている「西洋文化」は、よくても、非常に軽い、表面的なところだけ、というのをよく感じます。
私はオックスフォード大学の教育は分かりますけども、他の大学がどうなっているかは分かりません。ただ、本質を求めるというようなことが基本にあることは、間違いないのですが…。
禅の世界というものは、本質を求める世界なのではと思うのですが、いかがですかね?

飯塚:実は私は、"本質を求めるとはどういうことか"、考えれば考えるほど迷路に入っていく。
なぜなら仏教の中では「縁起・空」という考え方があって、基本的にあらゆるものは本質がない、という考え方を一方で取るとともに、「不立文字」と言いながら禅宗の中でも多くの師匠が禅の思想を語ろうと、その本質に迫ろうと、基本的には自己の確立と毎日の自己否定によって縁起・空の世界を追体験しようとする。

飯塚:アトキンソンさんにお聞きしたいのは、東洋・西洋という枠組みではなくて、あらゆる技術が年を経ることによって深まり、感覚が研ぎ澄まされ、経験を積むことによって新たな境地へと進んでいく。これは禅の思想が深まっていくことも、技術が深まっていくことも、ある意味同じレベルで考えてもいいのではないか、というのが個人的な考え方です。”本質をどう求めるのか”については、私には解答はありません。

アトキンソン:なるほど。まぁ実際には伝統技術の会社を経営しても、伝統技術は伝統技術かもしれませんが、"企業は企業"です。ですから普通の企業が普通のビジネスで、今の世の中に成立をする形にすればいい。面白いことに、実は今まで日本人の経営者がやってきたことを、ある意味否定して元に戻している部分は多いんです。
例えば小西美術は日本の神社仏閣の国宝重要文化財の漆を塗り直している会社なのに、使っている漆の70%は中国産だった。なぜ中国産なのかと聞くと、それは誰も分からない。(結果、日本産漆100%に戻してもらいました。)そうじゃなきゃいけないものなのかどうか疑ってみる、ということをやっていないことが多いんです。
例えば今やろうとしてることなんですけども、同じ問題だと思いますが、「職人は育てるのに10年かかる」と。なぜ2年ではないのか、5年ではないのかと聞くと、皆さん答えられない。あくまでも昔は余裕があって10年かけてやっていたのかもしれませが、実際に疑って、その本質を求めて、もっと短くすることできないのかな?って。
この間たまたまテレビで見たのですが、髪を切る人は今まで3年かかった、と。ただ、ちゃんとした教育をすれば半年で一人前になれるらしい。この世界(仏教)だと修行も分かりますけれど、企業は修行の場ではないので、そういうところで3年かかるものだと、みんな離脱したいでしょう。

アトキンソン:それで、半年にしたら離脱率が激減したらしいんです。なぜ3年なのかを疑うことによって、誰も入ってもらえない世界に入ってもらえるようになって、その人たちはより早く出世することができて、支店長になったりすることができた。ですから私、いま世の中では大変な問題が起きていますけども、"疑ってみる"ということが一番の力なのでは?と思います。

青木:方法論としてカール・ポパー(イギリスの哲学者)が言いましたけど、まずは今までの常識疑うことから成長がある。飯塚館長もおっしゃった"批判する"ということから、常に自問自答して成長する。そこが人間としての成長のベースなのかな、という気がしました。

イギリスの名門大と曹洞宗のエリート教育

アトキンソン:一ついいですか。

青木:どうぞ。

アトキンソン:これはオックスフォード大学のこだわりといいますか、イギリスの大学制度のこだわりなんですけれども、「critical thinking」というんです。あれ(critical)は批判ではないんです。本来は"批評"なんです。

青木:critic、そうですね。

アトキンソン:criticalというのは両方の意味がある。別々の意味があって、別々の由来があるんですけども、"人を批判する"ということと、"ものを批評する"ということは、別々のものなんですよね。大学で教えるべきことは、「批評的思考」。

青木:"批判する"というと、なにか「人間としてどうなんだ」みたいに学生は特に間違えてしまっているけれど、批評と批判が違うんだということを丁寧に教えれば、まさにその部分の誤訳が日本側にあったのかな、という気がいたします。
そういう意味では、教育というものにおいて批評するということはとても重要だと言いながら、一方で日本の教育というのは、または仏教の中の教育というのはいかがだったでしょう?

飯塚:大きなことは分からないのですが、やはり(昔は)漢文学、中国のいわゆる文化・思想・歴史などを学ぶということが非常に重要で、主にエリートはそれができるということがありました。
ただ、我々のところ(宗派)ではより多くの人を育てなくてはならない。地方に展開していくということになって、エリートではなくなるわけですね。そうするとその時は、お師匠さんがある意味ノウハウのようなものを口伝えに伝える「口伝書」なのですが、実際にはご葬儀はこういうふうにしなさいとか、ご葬儀の頭はこちらに向けなさいとか、様々な細々としたものをお師匠さんから相承される「切紙」というんシステムが、やはり戦国期から江戸時代に三物相承という形で明確化していきます。ですから背中を見ろ、不立文字などと言いながら、実は細々としたことを書き付けたものが、お師匠さんから伝わっているんですね。
あわせて、教育は夏安居(あんご)・冬安居というものがあるのですが、各地を回ってくるお坊さんたちが、90日間徳のあるお師匠さんから法を聞いて、一般的な知識やそういうものを身につけるというシステムがありました。

飯塚:そういうシステムがかつてのお坊さんの教育で、1対1で師匠から学ぶ部分と、一般的な教養を90日間修行して学ぶということが、両立して行われてきたというふうに、個人的には理解しています。

青木:これはまさに、オックスフォードの教育と同じではないですか?1対1と、教授が生徒・学生を教えるというようなスタイルは。

アトキンソン:そうですね。イギリスの中ではオックスフォードとケンブリッジだけなんですけれど、おっしゃるように講義というものがほとんどなくて。最後の3年間が終わったところで1週間、毎日大体6時間ぐらいの試験を受けて、成績がそこで初めて決まるというふうな珍しい制度があります。
このテーマに関して来週、論文を作って来いということで、何を勉強すればいいのかということも、どの本読めばいいのかということも教えてもらえませんし、ただ単にそのテーマで図書館に行って色々なものを集めて、(先生の前で)自分なりにテーマを解釈をしたものを読み上げる。大体、最初の1行2行ぐらいで終わってしまうんです(笑)。少し読み上げたところでいきなり先生と1対1ですから、「今のその話は、ちょっと待ってください」、「それはどういうことですか」というふうに問答が始まるんです。それで1時間で、終わったらもう本当に1週間くらい寝たい!というほどに神経を使ったものですから、大変な思いをしました。 それでまた来週はこのテーマですと言われて、またその繰り返しで、大変でした。

修行のような観光業のかたち

アトキンソン:さっきの疑ってみるという話なんですけど、今はそうなっているかもしれませんが、それは弥生時代から続いてるかどうかは分かりません。今の形はあくまでも"今の形"。禅のほうでは昔はどうだったのかということは記録されているかもしれませんけれども、今の職人がやっていることというのは、記録されてないんです。私としては、「今の形は果たしてベストなのか」「伝統的なものなのかどうか」ということを疑問に思います。

アトキンソン:歴史的背景を見ることもなく、勝手に作った神話みたいなものは、今の日本経済の最大の問題だと私は思うんです。茶の湯であっても、戦後になってから女性の町の先生のものに変わっていった時に、「茶の湯の本質かどうか」「その姿しかないのか」。強いて言えば、あれは日本の伝統的な茶の湯の形なのかというと、ほぼ確実にそれは伝統的な日本の茶の湯の姿ではないんですよね。そもそも明治まではほとんど男性だけですから。

青木:まさに価値とかそういうものを制度化していったときに、その制度のつくり方が時代背景で全然違っていて、むしろ間違っている要素がかなりあるんじゃないかということは、"もう一回根本に戻るということ"を教えていただいてる気がします。
そういう中で今後日本の経済どうするかと、まさにアトキンソンさんがここら辺を一番今いろんな形で提唱されてます。特に観光産業をどういうふうに魅力あるものにするのかという話で、一番有名なのはフランスが9,000万人弱外国からお客さまが来るという、観光ナンバーワン。日本は小泉政権の時はまだ600万人だったんですが、今3,000万人超えるという。とはいえ、まだヨーロッパ、フランスの3分の1ぐらいなんですね。じゃあ、どうやったら付加価値を高められるのかということで、恐らくヨーロッパであれば元々はベルエポックの百数十年前に、貴族たちがどんどん南仏に行ったりパリに行ったり、いわゆるバカンスですね。そこで馬車が車に変わり、またはルイ・ヴィトンまたはエルメスのような会社がそういう製品を作り、またはホテルリッツができて、リッツとエスコフィエとレストランのオーナーが一緒にレストランメニュー作っていく。そういったかなり付加価値の高いものを、サービスとともにそこに付随するモノ等とマッチングした。その神話が多分今でも、百数十年たっても9,000万人を引き付けるフランスの魅力になってると思います。さあ日本がこれから、取りあえず3,000万人まできましたけども、もっともっとアトキンソンさんから見て産業としてもっと高付加価値目指せるというような中には、どんな方法があるでしょうか。

アトキンソン:実際に観光産業の最大のポイントになるのは、"地方をどうやって活性化するか"というところなんです。
そもそも東京は、どの人でも住みやすいといえば住みやすい。いろんなものが揃っていますし、もう全員が東京に来て住めば、経済合理性からするとそのほうが合理的です。究極の合理性を考えればそういうふうになります。今なぜ地方に人が住んでるかといったら、名残なんですよね。

アトキンソン:昔は絹糸を作ったりだとか、地方じゃないと作れないものを作るために人が住んでいました。

青木:林業、炭焼きもありましたしね。

アトキンソン:そうするとみんな(人が)いなくなっていて、田舎が全部大自然に戻ることを防ぐために残されてる道は何なのかといったら、それは観光産業をそこで育てていくことによって、都心にはない大自然と一体となり「自分たちがなぜ生きているのか」というそもそもの部分を癒やしてもらう、ということが観光産業のポイントなんですよね。ですから「地方に人要らない」と言われると、みんな「え?」と思うかもしれませんが、本質を考えればそんなに田舎に人が住む必要はない。ただ観光産業をつくることによって、そこで地方に住む産業、道が生まれるということなので、それが狙いなんです。

青木:恐らくいま観光産業といった時、我々はいにしえの温泉街や団体旅行というものを想定して聞くと思うんですね。
アトキンソンさんの中で考えていらっしゃる観光産業では、どんなことがそこに行き着くまでのステップとして足りないのかとお考えでしょうか?

アトキンソン:元々、例えば京都や江戸に住んでいる人たちは、当時としての近代生活に追われて癒やしを求めるために何をしたかというと、山に行って修行をしていたんです。温泉に行くようにただ単に一、二晩で戻ってくるということとはちょっと違うんですよね。(そういうふうなものではなくて)私が考えるものはある意味で熊野古道のようなことで、1週間で元々人間が住んでいた大自然と一体になっていくもの。
観光産業は私が関わるようになった5年前、日本は茶道やいろんな伝統文化を中心とした情報発信をしていたんですけれど、そもそも2週間いた(旅行)時に、毎日茶の湯をできる人はいません。ビーチに行けば1、2週間(滞在)ということは十分できますし、山に行けば大自然と一体になって山登り等々できます。そういう意味では伝統文化と同時に、日本の大自然を満喫してもらうということが絶対不可欠だと思っていて、政府に提言をして、私ではないのですが、いま安倍政権がそれを実行している最中です。
私からすると、やはりさっきの繰り返しなのですが、「元々の日本の観光は何だったのか」と言われたら、自然と一体になって、そこで修行するということは本来の考え方だと思います。例えば高野山に行った時に、そんなに長く(そこには)いないんですけど、そこに行くまでの道がものすごい長いんですよね。やはり美しい自然の中でひたすら歩いているということがある意味目的で、実際に(観光が)実行されている期間なんですよね。お伊勢参りもあっという間に終わっちゃいますけれど、行って帰ってくるには何週間もかかって、その間にはずっと木の中やせせらぎを歩いて、満喫をしているんですよね。この部分が私としては抜けていたと思うところなので、今はそれを戻すことによって、大変な数の人が来る観光産業に変わりつつあると思います。

青木:なるほど。 ターゲットはどこら辺でお考えですか。

アトキンソン:世界満遍なく来てもらうということで、75億人がいますので、いろんな趣味の人いますけれども。ただ、名目上は外国人のためにやっている観光整備で、実際に一番来てもらえるのは、言うまでもないんですけど日本人なんです。日本人は長く滞在しない、長く休みを取らない。私からすると、それは長く休みを取ることを必要とする設備がないから。実際につくってみると、いっぱい来てますと。ですから、どうしても1週間休みたい理由がないから、1週間休んでないだけであって、実際にやれば全然違った観光産業になり得ると思います。例えば、日本人は高いお金を使って絶対にそういうことはしませんって言われた、ななつ星列車。あれは(乗客は)99.9%日本人なんです。高いものつくればつくるほど、一番来るのは日本人なんです。日本人、お金がないし、ああいうところにはお金を使わないということ言われるにもかかわらず、実際にやってみれば全く違う結果になります。なぜそうなってない、そういうように予想されてないのかというと、それは分析はしてませんし、疑っていない。誰が決めたかよく分からないような「常識」と言われてますが、思い付き、俗説的感情論にすぎないと思います。

これからの大学教育の在り方

青木:習慣化・慣習化したことをまず疑ってみるということ、また本質を考えるということを教えていただいて、今後我々学校教育として、これからの未来を作っていく学生たちに対してメッセージやお考えがあれば教えてください。

アトキンソン:「疑ってみてください」

青木:まさに。

アトキンソン:大学教育の在り方もそうなのですが”なぜそうなっているのか”、要するに”今の世の中でこれがベストなのかどうなのか”ということで、今それを進化させるべきなのか、元に戻すべきなのか。俗説的感情論ではなく、きちんとした冷静な分析をやってみて、残すべきものは残す。残すべきではないものは変えていく、と。こういうことが必要になってくると思います。
ずっと人口が増えているならば、そのままでその波に乗っかればいいんです。しかし今はもう人口が減ってきているので、今これを残すべきなのかどうかという選択肢を毎日のようにさせられます。例えば大学の数。ピークで、子どもの数が270万人だったのが、今は90万人を切っています。そうすると3分の1になっているんですけれど、大学の数がどうなっているかというと、増えています。
前は、相当の割合の日本人の人口が子どもだったので、子ども相手に大学の教育をするというのは合理的だったんです。でもあと何十年か経つと、子どもが人口を占める比率は2割を切っていってどんどんどんどん減っていきます。ただ、(残り)80%の日本人が(今のところ)大学の外にいます。大学の将来がないと言われますが、大学は子どもを教える場所であると思えば将来は暗い。だけど80%の日本人は、100歳まで(寿命が)伸びていくということなので、発想を変えれば、と思います。昔は40、50歳で亡くなったりしていたので、大学教育は20年使えるものだった。ということは、40歳になったら、また大学に勉強に来ないといけない。60歳の時にまた来ないといけない。80歳の時にまた来ないといけない。発想を変えていくことによって、大学の将来が変わってくるのではないかと自分は思うんです。それは正しいかどうか私は大学の専門家ではないので分かりませんが、一つの考えられるシナリオじゃないかと思います。

青木:まさに今、リカレント教育というのも言われていますが、うちの大学は仏教を勉強される方、リタイアされた方が、まさにご年配の方にもたくさん来ていただいていて、そういう意味での在り方をまた我々も、今までを疑い新たな仕組みをつくっていきたいと思います。

飯塚:だんだん年配になってきて、特に人生について色々なことを考え、働いているのが仮に60歳とか50歳で一旦一つの区切りが見えた時、やがて自分が死んでいくだろうと寿命のことも考えなくてはいけない。
私どもは仏教学部ですので仏教を中心とした教育・研究をするのですが、これは若い人だけではなくて、むしろそういった年配の方々、色々なことを経験されて苦悩された方々、家庭においても社会においても、そして様々な苦難・病気であったり災害に遭われた方々に、何らかの処方箋ではないですけれども、どこかにこうすべき道や光があるのかもしれないということを指し示すことができると思いますし、そして仏教が極めて合理的な考え方であったり、それをどう釈尊が、あるいは道元禅師がお説きになったかということを学ぶことは、極めて有意義なことだと思いますので、土曜の公開講座や日曜の坐禅会などに、ぜひ皆さんに来ていただきたい。アトキンソンさんから言っていただいたように、(一般的な大学が)ターゲットとしてるのは若い、これから受験してくれる人達でありますけれども、それ以外の人に、むしろそれ以外の人がこれから多くなっていくので、そういう人達に来ていただきたいというふうに考えています。

柳緑花紅/Willows are green and flowers are red

青木:アトキンソンさん。一つ最後に、もしお好きな禅語というものがあればご披露していただきたいと思います。

アトキンソン:自分が実際に持っている軸で、"柳は緑花は紅"という言葉があります。ゴールドマン・サックスで現役だった時は毎週のように出していたレポートのタイトルを「柳緑花紅」と4文字だけにして、「この人は狂っちゃったんじゃないの」って言われたこともあったんですけど(笑)
有馬頼底さんが本に書いてあった解説は要するに”本当に柳は緑なのか、緑じゃないのか”ということ、一回問う価値があるのではないか、と。それで最終的にはやはり緑ですね、ということになるかもしれないし、そうならないかもしれない。だからそこで疑う価値があると。やはり緑です、となったら尚さら輝いている緑に見えてくる。違うものであればそこで新しい発見がある、と。だからそういった"ありのままのものでも疑ってみるのはどうだ"ということですね。
あの当時は金融の世界で誰もが常識だと思っていたものは、分析をすれば全然違っていました。柳は、要するに金融の常識と言われてるものは、常識なのか・常識ではないのか、皆んなで一緒に考えましょうよ、ということで。手前味噌なんですけれども、あのレポートは自分が17年間やっていた中でも、多分トップ3ぐらいの売れ行きだったんですよね。海外版も直訳で「Willows are green and flowers are red」というそのままで、海外の皆さんは「え?何これ」と。ただやはり、日本にはそういう考え方あるんだということで、割と皆さんが衝撃を受けたということは営業マンによく言われました。
そういう意味ではやはりお茶をやっている時も思いますが、今は「茶室は立って入らない」だとか、「床の前にまず一礼をしなさい」だとか、「お茶碗を3回回しなさい」だとか、色々な形から入っていくわけなんですけれども、私は昔もそうなっていたのかどうか非常に疑問に思います。本来であれば部屋に入って、美味しいお菓子をいただいて、美味しいお茶を飲んで。確かに、作法というものはプロからすると重要なものではあります。お茶をやるに当たって皆が同じルールでやっていればやりやすいとは思います。ただ、子どもに対してサッカーをやる前に全てのルールを教えてから、何年も経ったところで初めて「ボールを蹴りなさい」と言って人がサッカーをやりたくなるのか。誰もやりたくないと思います。
作法は多くの場合、"粋"なんです。よく考えられた諸先輩方が「あ、こういうふうにやったほうが粋じゃないの」と。みんなそれを見て「あ、あれいいよね」ということで真似されてきたのだと思うのですが、いちいち全部ルール化されていって、茶の湯の魅力を全部殺してしまってるんですよね。要するに、作法はお茶の本質を楽しむ手段、道具であって主たる目的ではないはずです。別な言い方をすれば、本当は家元のお茶、先生のお茶、道具屋のお茶、数寄者のお茶、毎日のお茶があるべきですが、この区分はされていない。多分伝統文化の多くの場合はそういうふうになっていると思いますが、敷居が高いのではなく、もう高層ビルぐらいの高さになっているようなところで、もう入れない。

アトキンソン:そもそもなぜ、外国人のほうが日本の伝統文化に親しんでいて、日本人は親しんでいないのかということを考える価値は、ものすごくあると思います。
そういう意味では"柳は緑花は紅"というのは私としては衝撃的な言葉で、正々堂々と床の間に飾るということも「何これ」と思うようなことではあるのですが、そこに深い意味があるということも私としては衝撃でした。

青木:興味をしっかり持つような仕掛けから始まらないと、何か制度的・形式的で、それを我々が伝統伝承と言ってしまってきたことにも、だいぶ間違いがあったということ、改めて気付かせていただきました。
禅ブランディングではまずは学生の皆さん、また一般の皆さんに駒澤の伝統文化を伝えたいと思っていますので、今日のお話は大変参考にしたいと思います。

アトキンソン:ありがとうございます。

青木:どうもありがとうございました。

飯塚:ありがとうございました。





デービッド・アトキンソン

株式会社小西美術工藝社 代表取締役社長
奈良県立大学客員教授
元ゴールドマン・サックス証券 金融調査室長

1965年イギリス生まれ。オックスフォード大学(日本学専攻)卒業後、大手コンサルタント会社や証券会社を経て、1992年ゴールドマン・サックス証券会社入社。大手銀行の不良債権問題をいち早く指摘し、再編の契機となった。同社取締役を経てパートナー(共同出資者)となるが、2007 年退社。
2009年に創立300年余りの国宝・重要文化財の補修を手掛ける小西美術工藝社入社、取締役に就任。2011年代表取締役会長兼社長、2014 年に代表取締役社長に就任し現在に至る。

1999年に裏千家に入門し、2006年に茶名「宗真(そうしん)」を拝受。
2016年 財界「経営者賞」、2017年「日英協会賞」受賞、2018年 総務省「平成 29 年度ふるさとづくり大賞個人表彰」、2018年日本ファッション協会「日本文化貢献賞」受賞。
著書は『新・観光立国論』(山本七平賞、不動産協会賞、東洋経済新報社)、『新・所得倍増論』(東洋経済新報社)、『日本再生は、生産性向上しかない!』(飛鳥新社)、『世界一訪れたい日本のつくりかた』、『新・生産性立国論』、『日本人の勝算』(以上、東洋経済新報社)、『国運の分岐点』(講談社)など多数。新著として『日本企業の勝算』(東洋経済新報社)がある。
政府への提言を続ける一方、各地の観光振興のため奔走し、・日本遺産審査委員、・京都国際観光大使、・明日の日本を支える観光ビジョン構想会議委員、・東京の観光振興を考える有識者会議委員、・行政改革会議歳出改革ワーキンググループ構成員、・迎賓館(迎賓館赤坂離宮・京都迎賓館)アドバイザー、・二条城特別顧問、・観光戦略実行推進タスクフォース有識者メンバ ー、・国立公園満喫プロジェクト有識者会議検討委員、・分かりやすい多言語解説整備促進委員会委員などを務めている。

飯塚 大展

駒澤大学 仏教学部 教授
曹洞宗豊栖院 住職

1959年栃木県に生まれる。1985年駒澤大学仏教学部を卒業。1996年に駒澤大学大学院にて仏教学博士過程を修了し、同年に曹洞宗宗学研究所所員となる。駒澤大学仏教学部講師、准教授(助教授)を経て、現在同大学教授。
専門研究領域は中世日本における仏教の歴史、とくに室町時代後期以降における禅籍および禅籍抄物を中心とした調査研究で、近年は一休宗純の研究や大本山永平寺所蔵資料の紹介・解説など手がけるほか、大学の教育活動では「禅」をテーマに多角的な取り組みを実施している。

青木 茂樹

駒澤大学 経営学部市場戦略学科 教授
1968年千葉県佐倉市生まれ。慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程単位取得。山梨学院大学商学部教授、南カリフォルニア大学マーシャルスクールオブビジネス研究員を経て、2008年より駒澤大学経営学部市場戦略学科教授。NPOやまなしサイクルプロジェクト理事長、サステナブル・ブランド国際会議東京アカデミック・プロデューサーを務める。主な著書に『マーケティング戦略論』『戦略的マーケティングの構図』『文化を競争力とするマーケティング』など。

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