STUDY 体と心 2018.04.11

『 禅心理学と駒澤大学~世界に類を見ない大学院の設立~ 』

1. 禅と心理学

 禅と心理学とは,一見関連性のない異なる分野と思われるかもしれない。心理学は,その字面からもわかるように,人間の心に関する科学的・客観的な学問・研究の分野であることは理解しやすいであろう。では,なぜそこに禅が関わってくるのかというと,禅は,ありのままの現実,そして自己と徹底的に向き合い貫く実践を伴う参究である。換言すれば,禅も人間の心へのアプローチであり,東洋の心理学とも言われる。つまり,心理学と禅とは,アプローチのあり方は異なるが,どちらも人間の心を対象としているという重要な共通点がある。

2.これまでの禅の心理学的研究の流れ

 日本での実験心理学は,1900年代初めに,元良勇次郎と松本亦太郎によって築かれた。その元良勇次郎により,日本での実験心理学誕生のころから禅を心理学の対象とする試みが行われてきた。元良勇次郎の研究に代表される初期の研究の多くは,心理学的考察により行われていたが,心理学の研究方法のひとつである質問紙法を用いた入谷智定のより実践的な研究も行われた。
 1950年代後半から1960年代にかけて,欧米でヨーガの瞑想を中心とした東洋の瞑想の科学的研究が盛んになり,ヨーガ行者の脳波の測定などが行なわれるようになった。日本においても,禅瞑想の科学的研究に対する関心が高まり,1961年と1962年に,当時の文部省の科学研究費による8大学の総合研究「禅の医学的・心理学的研究」が行なわれた。これにより,禅の心理学的研究は従来の理論的研究のみならず,より科学的な研究が行われるようになった。この禅の心理学的研究は,主に九州大学の秋重義治と京都大学の佐藤幸治が精力的に行い,日本のみならず,世界の瞑想の心理学的研究に大きく寄与した。
 駒澤大学では,禅心理学という,日本のみならず世界的にも特色のある研究が行なわれてきた。1932年に禅の心理学を研究していた入谷智定が駒澤大学に赴任したが,その時点ではまだ研究室は設立されておらず,体系的な研究は行われていないという状況であった。駒澤大学における禅心理学の本格的な研究は,1968年,駒澤大学大学院に心理学専攻修士課程と,心理学研究室が設置されたことに始まる。当時の駒澤大学には学部に心理学科は存在しないという状況であったが,禅研究所のもとに変則的に大学院を設立した。そして,知覚の恒常性の研究と同時に,禅の心理学的研究を行っていた秋重義治が九州大学から赴任し,初代主任として研究室を開いたことにより,禅と心理学の研究を行っていた研究者の多くが,駒澤大学に会し,駒澤大学で禅心理学の体系的研究が行なわれるようになった。当時の専任教員は,秋重義治,佐久間鼎,松本博基であり,この他にも道元禅の権威である榑林晧堂,初期仏教の権威である水野弘元,脳波測定を中心とした禅の精神医学的研究の権威である笠松章,呼吸測定による禅の生理学的研究の権威である杉靖三郎などが科目を担当した。その後も千葉胤成,佐々木宏幹,平井富雄,阿久津邦男などの著名な研究者が集まり,禅の心理学的研究を行う十二分な環境が整ったのである。駒澤大学で行われた研究は,坐禅中の脳波,心拍,呼吸活動などの生理心理学的研究にとどまらず,パーソナリティ,時間感覚,臨床,禅の論理など多岐にわたる研究であった。特に秋重義治は,調身調息調心(坐禅を実践する際に,姿勢,呼吸,心を調えること)に関心をよせ、研究室を挙げて体系的に研究を実施した。とりわけ,秋重個人は調身調息調心のうち、調息,つまり呼吸に着目して研究を重ね、駒澤総合呼吸訓練法を創案するに至った。
 また,秋重義治は,禅の心理学的研究を国外に広めることにも尽力した。九州大学と駒澤大学の大学院生の研究を集め,英文によるPsychology of ZenⅠ,Psychology of ZenⅡ,Psychological Studies on ZENを発行し,禅の心理学的研究の成果を世界に向けて発信した。これらの著書は,国際的にも注目され,幾度もの増版を重ね,大きな反響を得た。日本国内における禅心理学関連の文献も,1940年代は8件のみだったが,1950年代には36件と増え,8大学の総合研究や駒澤大学に禅心理学の大学院が設立された1960年代では、禅の心理学的研究が活発に行われるようになり,文献数が139件と飛躍的に増加した。
 1979年に秋重が亡くなった後も,禅の心理学の研究は途絶えることなく,脈々と受け継がれてきている。現在でも,駒澤大学で禅心理学を担当している茅原正をはじめ,数名の研究者が、禅によるものの捉え方や禅瞑想による心理的効果など,多角的に禅の心理学的研究を行っている。

禅心理の成り立ち





文学部 久保尚也・小室央允

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