STUDY 源流 2020.09.22

禅の歴史 ― 曹洞禅の源流を尋ねて(24)

鏡島元隆博士「禅学概論講義ノ-ト」より

第2節 黄檗宗

 日本黄檗宗(おうばくしゅう)は、その系統からいうと臨済宗の一派であるが、日本の臨済宗とはすこぶる異なった宗風である。黄檗宗の名称は臨済宗の宗祖である臨済の師、黄檗希運(おうばくきうん)に基づくが、しかし黄檗希運とは直接の関係はない。黄檗宗は江戸時代、日本に帰化した隠元隆琦(いんげんりゅうき、1592-1673)によって伝えられたもので、したがって隠元を宗祖とするものである。隠元を宗祖としながら黄檗宗といわれるのは、隠元は日本に来る前、黄檗山(おうばくさん)を復興し、黄檗希運禅師の再来と称されたので、当時の人がその伝えた禅を黄檗宗と称したのである。
 隠元は来朝して、宇治に黄檗山万福寺を開いたが、間もなく弟子の木菴性瑫(もくあんしょうとう、1611-1684)に後を譲った。以後、黄檗山の住持は代々中国の禅僧のみがつとめ第13代まで続いたが、それ以後は日本人の僧侶が住持するようになった。
 黄檗宗が臨済宗と著しく異なるところは、その念仏禅を唱えるところにある。これは臨済宗が宋代の禅を伝えたのに対し、隠元の伝えたものは明代の臨済宗だからである。黄檗宗は江戸時代にはすこぶる盛んであって、一時は臨済宗、曹洞宗を圧倒する勢いであったが、現在においては禅宗としてはあまり振るわない。禅と念仏の兼修ということは中国では仏教界の大勢を占めたが、日本においてはその国民性に適しなかったためである。

(つづく)

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