禅の歴史 ― 曹洞禅の源流を尋ねて(8)
鏡島元隆博士「禅学概論講義ノ-ト」より
達磨以前における中国仏教界は、経典の翻訳を主とする翻訳仏教と、これに基づく難解な学問仏教が行なわれていたが、達磨は空理空論を退け、仏教の教えの実践を説き、かつ自らこれを行なったのである。後世の禅の伝統では、達磨は次の二つの旗印を掲げたといわれる。一つは「不立文字、教外別伝」(ふりゅうもんじ、きょうげべつでん)であり、一つは「直指人心、見性成仏」(じきしにんしん、けんしょうじょうぶつ)である。
「不立文字、教外別伝」とは、釈尊の根本精神は経典の上にあるのではなく、経典は“月をさす指”*1にすぎないというのである。「直指人心、見性成仏」とは、釈尊の根本精神は直接人間の本性を見極めるところにあるというのである。後世の禅宗の伝統では、達磨はこの二つの旗印を掲げたといわれるが、歴史的には達磨がはたしてこれを説いたかどうかは明らかではない。むしろ、これら二つの旗印は禅が中国化されてから後に出来上がった標語であって、達磨自身がこれを旗印として説いたものではないと考えられる。どうしてそのように考えられるかというと、達磨の著述の中に「不立文字、教外別伝」とか「直指人心、見性成仏」という主張が見出されないからである。達磨の著述として、今日伝えられるものに『少室六門』*2(しょうしつろくもん)があるが、この中、今日達磨の親説として一般に認められるものは「二種入(二入四行)」だけである。
*1…仏教の真理を月に、その真理を文字に表現した経典を指に喩えた。
*2…①心経頌②破相論③二種入④安心法門⑤悟性論⑥血脈論の六種。伝達磨撰の禅籍を収録したもの。
(つづく)
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